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松木直也のマイイートロード
 *** No.15


昔から数々の文化人たちに愛されてきた鎌倉は、住居を構え創作活動の場としている文人や画家が多く住んでいる。今回ゲストにお招きした安西水丸さんも、そのひとり。
雨に濡れた小道や人気のない静かな入り江を水丸さんと歩き、いつもと少し違う風景に出会った初夏の鎌倉散策。ガイドブックを持たずに歩く小道、あなたもいかがですか。

 

 安西水丸さんの仕事場は、東京・青山。住まいも近くで、青山がホームタウンなのだが、実は鎌倉にも住まいがあり、長い小説を書かれるときなどはJRの横須賀線でこちらにやって来る。
 鎌倉で仕事に取りかかる前にいつもすることは、カレーを作ることで、かなりのこだわりがあるのだが、今回はそれはさておき、鎌倉のもうひとつの楽しみ、水丸さん流の鎌倉の散策に同行させていただいた。
 まずは雪ノ下「大佛茶廊」へ。若宮大路から入る路地を歩き、黒板塀を過ぎると落ち着いた日本家屋が。この日は生憎の雨降り、しとしとだったが、それが佇まいの静けさをしみじみと感じさせてくれた。ここは作家・大佛次郎が友人達を招いた別邸。現在は、週末だけ茶廊として一般にも開放されている。お孫さんにあたる野尻芳英さんが出迎えてくれた。水丸さんは抹茶で一服し「梅がいいですね」と、よく手入れされた庭をしばし見入った。そして、梅の木の下に実がいくつも落ちているのを見つけた。
 

安西水丸(あんざいみずまる)さんプロフィール

1942年7月生まれ。AB型。蟹座。日本大学芸術学部芸術学科造形卒業。電通、ADAC(N.Y.のデザインスタジオ)、平凡社でADを勤めた後、フリーのイラストレーターとなる。
朝日広告賞、毎日広告賞、紀文おいしいイラスト展特選、1987年日本グラフィック展年間作家優秀賞、キネマ旬報読者賞等受賞。東京イラストレーターズソサエティー、日本グラフィックデザイン協会、東京タイポデレクターズクラブ、日本文芸家協会、日本ペンクラブ、各会員。日本大学芸術学部デザイン学科講師。
著書に「アマリリス」、「手のひらのトークン」、「エンピツ画の風景」、「荒れた海辺」、「青山の青空」、「アトランタの案山子・アラバマのワニ」、「メランコリーララバイ」、「バードの妹」、「4番目の美学」、「メロンが食べたい」、「魚心なくとも水心」、「美味しいか恋しいか」など多数。

 続いて、江ノ島へ行く。ここのおみやげ屋さん巡りは、以前NHK教育テレビで放映され、水丸さんが小さな灯台のおみやげを紹介していた姿は記憶に新しい。その放映のなかで、おみやげ屋の並ぶ通りから横にそれる路地があり「こういうところから見える何気ない風景が好きなんですよ」と、語った。そこは、普通ならば気にもとめないような小道だった。その路地に入って、ちょっと歩くと小さな入り江に着いた。誰もいなくて、セクシーなフランス映画のような想像力がかき立てられる秘密めいたところだった。水丸さんに「いいですね」というと「いいよね」という返事だった。小さな灯台のおみやげものを見つける水丸さんのなかには(今回は、貝殻のフランス人形を気に入っていた)、大人の男と女の風景を見ている水丸さんもいると思えた。
 ところで水丸さんは、画家アンリ・マチスのこんな言葉が好きだと言う。「芸術はつねに純粋で静かなものであり、魂をしずめるものでなければならぬ。私はつねに作品が春のような軽さと悦びを湛えて、そのために費やされた労苦の跡をとどめないようにと願っている」
 僕たちは、江ノ島を歩いた後、由比ヶ浜のバー「ザ・バンク」へ立ち寄った。水丸さんは甘口のギムレットを頼み、葉巻を吸った。「ここのギムレットは本当においしいよ」と言い、話題は先ほど行った「大佛茶廊」の梅の話になった。「あそこの梅の実、梅干しにしたらちょうどいい大きさだったよ。僕はほら、梅干し自分で作るから……。庭に落ちていた梅の実、もったいなかったね」僕は笑ってしまった。昭和を代表する文豪の庭でも、こういうリラックスした発見と口調が、やはり遊び心に溢れる水丸さんらしいと思った。水丸さんのこの軽やかさと楽しさが、マチスの言葉と水丸さんの作品とを重ねるものでもあった。

 
日本中のおみやげ屋の中でも江ノ島は一番好き、と言う水丸さんは「この江ノ電なかなかいいんだよね」と言って貯金箱を手に取ったり、貝殻で作ったお気に入りのフランス人形に見入ったりと、慣れた様子で店を歩く。ちなみにこの日は、名物のしらすを購入。

 

大佛茶廊(おさらぎさろう)
今年没後30年を迎えた作家・大佛次郎氏は『赤穂浪士』、『鞍馬天狗』、『パリ燃ゆ』など数々の名作を残し、73歳で他界した。店内には、大佛氏が愛用していたペンや執筆原稿なども展示されている。店の入口は、大佛氏が愛した猫の絵が目印。
全国から見学の希望者が絶えなかったため、大佛次郎氏の孫にあたる野尻芳英さんが、週末と祝日だけ茶廊として解放している。のんびりとスケッチを楽しんでいく人もいるとか。野尻さんが丹念に淹れてくれる抹茶や熟成豆のコーヒーも格別。
大佛茶廊(おさらぎさろう)
鎌倉市雪ノ下1-11-22 TEL.0467-22-8175(土日祝日専用)
OPEN:土日祝日のみの正午前〜日没(8月は休み)
お抹茶、熟成コーヒー1,300円〜
ザ・バンク
由比ヶ浜大通りにある「ザ・バンク」の建物は、昭和初期に立てられた銀行だったもの。入口扉のガラス窓、カウンター、壁のレリーフなど、あちこちに当時の面影が残る。ゆったりとした時の流れを感じながら、大人のひとときを過ごせるバーだ。
「ジンのスーっと落ちていくような酔いかたが好き」という水丸さんは、この店のバーテンダーである栗岩稔さんの作る甘口のギムレットが気に入っている。夏の夕陽が反射して美しく輝くギムレット。1930年代のアンティークグラスも酔わせます。
 
ザ・バンク
鎌倉市由比ガ浜3-1-1 TEL.0467-60-6170
OPEN:17:00〜1:00、土日祝12:00〜1:00 定休日:月曜
カクテル800円〜
 

 
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