「うちは、私をはじめ家族もスタッフもみんなが食いしん坊なんです。だからテーブルいっぱいに料理を並べて、おもてなししないと気が済まないの」
女将さんのそんな言葉に一度は納得したものの、店を手伝うお孫さんの「完食されるお客様は、半年にお一人いるかいないかなんですよ」という一言には、思わず苦笑してしまった。聞けば、常連さんは最初から持ち帰る事を想定して、店で食べるものとお土産用を配分しながらコースを楽しむのだという。そのため、この店のお客は皆、紙袋いっぱいに料理を詰め、家で待つ家族の顔を浮かべながら帰路につく。そして、そんなコースの中でもとりわけ楽しみにされているのが、締めに出される女将さん手作りのおにぎりなのである。
「当初は、コースの最後にそうめんやおそばなどをお出ししてたんですが、皆さん食べきれず残されてしまうのです。そこでおにぎりならお持ち帰りいただけると思って」
各界の著名人をはじめとしたこの店の常連たちが皆、口を揃えて「料理屋というより、実家に帰ったような気分になれる場所」と愛着をもつ理由が、女将さんのこんな母心にあるのだと納得した。
「孫が運動会で一等賞になりますように、そう願いながら握っていたおにぎり、子供や店のスタッフが今日も元気に働けるようにと思いながら握っていたおにぎり、それがいつの間にかお客様にも喜んでいただける名物になってしまいました」 女将さんは、今日も朝から炊き立てのご飯と手作りのおしんこを前に、愛情込めておにぎりを握っている。 |