すぎや・まさるの湘南ブランチ

連載第82回

「世紀のテレビショーを見ながら」

 この原稿を書きはじめた日、シンガポールでは歴史的な会談が行われ、世界はかたずを呑んでその行方を見つめていた。トランプ大統領と金委員長という、かつて描かれたどんな映画やテレビドラマの登場人物をも凌ぐ二人の役者が、核戦争のカードをポケットにしまい、初めて対面したのだ。

 僕は、しばらくのあいだ手を止めて、テレビの中継に釘付けになっていた。二人は笑顔で握手を交わし、世界中から集まったプレスの前で「朝鮮半島の完全非核化」を約束する文書に署名した。大よそのシナリオは事前に決まっていたに違いない。でも、今回ばかりは二人の間に、緊張感がずっと漂っていたように見えた。この会談の結果を100%信じて、このまま北朝鮮が折れて核を速やかに放棄するとは思いにくいけれど、すぐ近くでリアルに核戦争が始まるという最高レベルの危機が遠のいたことは素直に喜びたい。

 とはいっても、いま世界には15,000発以上の核弾頭が存在するという。北朝鮮が保有しているのは、そのうちの10発に満たない。アメリカが持っている核はおよそ7,000発。抑止力というには程遠い大量殺戮兵器を保有する国の大統領が、小国に圧力をかけて核を放棄させ「ノーベル平和賞候補」などと持ち上げられているのだ。何かがおかしい。

 以前、このコラムで、1968年に劇場公開されるや大ヒットしてシリーズ化された映画「猿の惑星」の初期作品は、SFエンターテインメントであると同時に反戦映画であると書いた。第1作の終盤、チャールトン・ヘストン演じる主人公のテイラーが、長い宇宙旅行の果てにたどり着いた猿の惑星で見たものは、砂に埋もれた自由の女神像……核戦争で破壊され尽くした地球だった……という救いようのない結末。この映画が作られた当時、アメリカと旧ソビエト(ロシア)はまさに一触即発。核ミサイルの発射ボタンを押し合う寸前までいった「冷戦」のさ中にあった。それから50年経ったいまも、アメリカは同じようなことをしているし、自ら進んで核を放棄しようとはしない。

 猿が進化して猿人になり、猿人は原人に。やがて人類の先祖は木や石を削って武器を作り、食べ物や居住地を得るために戦いはじめる。さらに兵隊を仕立てて隣国に侵攻する。そうしたことを繰り返し、世界大戦も繰り返し、今日までやってきた。この先、人類に真の平和が訪れるのか僕にはわからない。テレビの向こうで作り笑いをしている太めの二人の役者に聞いても、残念ながら、その答えは持っていないだろう。「これからは経済発展と対話だ」と言われても、疑問は募るばかりだ。


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