Vol.62

餃子 GYOZA

松本百合子



通りにせり出したテラスでコーヒーやワインやビールを飲む人々の姿というのは、パリの風物詩のひとつとしてよく知られているが、フランス人は本当に外で食べたり飲んだりするのが好きだなあと思う。どんなに寒い季節でも少しでも日差しが感じられるとギャルソンたちが一斉にちいさなテーブルと椅子を外に並べ始める。こんなに寒くて無理でしょ、と懐疑的なまなざしを向ける私をあざ笑うかのように、その席はあっというまに埋まってしまう。人通りも多く、すぐ目と鼻の先を車が行き交う通りでも、人々はコートを着たまま屋外テーブルに陣取り、ステック&フリット(牛ステーキとフレンチフライドポテト)を平気でほおばっている。

東京では夜中に屋台でおでんを食べたこともあるし、駅の構内で立ち食い蕎麦を食べたこともあるけれど、通りに出したテーブルで、道行く人にお皿の中身を覗き込まれながらの食事には、さすがに長いこと抵抗があった。が、これも慣れというものだろう。フランス人に付き合って2、3度やってみると、人目も排気ガスもへっちゃらになり、かえって開放感があって気持ち良いものに思えてくるから不思議だ。

驚くべきは、この習慣、フランス料理に限らないことだ。今でも人気の寿司のチェーン店(経営者はフランス人)は数年前からテラス席を設けており、私は初めて、客が立ったあとのテーブルにみそ汁のお椀とお箸が放置されているのを見たときには、なんとも言えぬ違和感を覚えたものだった。今では、丼物でもうどんでもラーメンでも、フランス人がふつうに屋外で食べている。日本食ブームが、ブームを通り越してフランス人の日常に定着しつつあるという証拠だろう。中でも今、人気を集めているのが餃子だ。餃子専門店なるものが次々と登場し、テラス席で餃子を口に運ぶ人の姿も珍しくなくなった。

フランス人の餃子熱に火をつけたのは、その名もずばり、GYOZA BAR と言われている。いわゆる日本人街から離れたところにあり、シンプルでスタイリッシュな空間。コの字型のカウンターはフランス人に占拠され、店の外には行列が。メニューもシンプル。8個か12個の餃子、もやしのマリネ、枝豆、煮卵、ご飯しかない! しかし、ここの餃子は何かが違う。フランス産ポークとポワローネギだけで作られているのだ。よって肉好きにはたまらないかもしれないが、キャベツ、ニラ、ニンニクの入った王道の餃子ファンには少々物足りない。さらに、たれが違う。ラー油がついていないどころか、聞けば、グレープフルーツとレモン果汁を醤油に加えているという。あー、だからビールがいつものようにしっくりこないのだと納得。どちらかというと、赤ワインが似合いそうだ。フランスでは日本で日常的に手に入るキャベツもニラもないので、きっとこの餃子バーのシェフは、キャベツもニラもなくてもできる最高に美味しい餃子というのを考え出したのだろう。

確かに美味しいのであるが、個人的には、味の素の冷凍餃子に軍パイをあげたくなる。水も油も使わず、間違いなく美味しく焼ける、おそるべき冷凍餃子。日本から単身赴任でパリに来ている男子は間違いなく買い置きしておくという常備食。やはりこの味にはほっとさせられる。

中国発祥とはいえ、日本人の食生活に欠かせない餃子がこうしてフランス人の間に広まり、なんとなくおしゃれに進化していくのも喜ばしいことだけれど、チーズを混ぜ込んだものや子牛の肉を使ったものなど、バラエティが増えるほどに、やはり「基本形」の良さというのをしみじみと感じ入る今日この頃だ。





Profile

松本百合子 まつもと・ゆりこ
翻訳者。上智大学仏文科卒。エマニュエル・ラボリ『かもめの叫び』(角川文庫)、スアド『生きながら火に焼かれて』(ヴィレッジブックス)、北野 武/ミシェル・テマン『KITANO PAR KITANO』(早川書房)、リシャール・コラス『波 蒼佑、17歳のあの日からの物語』(集英社)など多数。
翻訳のかたわら、フランス人シェフの夫、ドミニク・ブシェのパリと東京のレストランでマダム業もつとめる。
最新刊:2016年ゴンクール賞作品
「ヌヌ 完璧なベビーシッター」(レイラ・スリマニ著/ 集英社クリエイティブ刊)

Illustrated by Mie Onodera

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