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Vol.30
ピアフを口ずさみながら
En chantonnant un air de Piaf |
松本百合子 |
ああ、失敗した、ああ、こんなことしなきゃよかった、言わなきゃよかった……
この年になっても、毎日が後悔の繰り返しだが、ほろ苦い感情にさいなまれるたび、無意識に口ずさんでいる歌がある。エディット・ピアフの「水に流して」だ。ピアフは言わずと知れたフランスのシャンソン歌手(1915〜1963年)。「バラ色の人生」「パリの空の下」「愛の讃歌」などの名曲で日本でもすでに知られていたが、昨年公開された映画「エディット・ピアフ愛の讃歌 =vで彼女の波乱に満ちた人生について知った人も多いだろう。
「水に流して」の原題、NON, JE NE REGRETTE RIENは、直訳すると、「いいえ、私はなにも後悔しない」。晩年、体調を崩し、再起不能と言われた彼女を不死鳥のように蘇らせた曲ということもあってか、彼女の魂の叫びそのものに聞こえる一曲だ。
貧しい家庭に生まれ、パリの通りで歌い始めたピアフは、147センチの小柄な体の中に、燃え盛る愛と闘士を秘めた人だった。その体を全身楽器のようにして、「なにも後悔していない、人が私にした良いことも悪いことも、なにもかも、私にとってはどうでもいいこと。私は代償を払った、清算した、忘れた、過去なんてどうでもいい」と歌い上げるのを聞いていると、こちらの心のもやもやも、すーっと晴れて、新しいエネルギーがどくどくと注ぎ込まれてくるように感じる。
ピアフの歌声には媚がいっさい感じられない。ひたすら自分のためだけに歌っているように聞えるが、それがかえって人の気持ちを惹きつけるのかもしれない。彼女と同じように歌うのは到底無理だけれど、いつもピアフの曲と寄り添っていたい。そんな気持ちが高じて、実は最近、アコーディオンを始めてしまった !
ピアノのお稽古を中学に入ってすぐに投げ出してしまったことを、いまだに後悔している私は、何か楽器を始めたいと常々、好機をうかがってきた。サルコジ大統領夫人のカルラ・ブルーニのようにアコースティック・ギターもいいなあと思っていたのだけれど、ピアフの歌っていた「アコーディオン弾き」で、アコーディオンという楽器には憧れがあった。
望めば叶う。いつか、いつかと思っていたところに、先生を紹介された。パリで活躍しているタカさんという日本人男子。日本ではアコーディオンというと、「スター誕生」とか「NHKのど自慢」で演奏していた横森良造さんのイメージが強いかもしれないが、タカ先生はジャズ系のCDを出したり、ライブも頻繁に行っている、モダンなアーチスト。お若いのに忍耐力もかなり持ち合わせていると見えて、私の異常に遅々とした歩みにつきあってくれている。
なにしろ、カラオケでタンバリンを打つ以外は長いこと、楽器というものにまともに触れていなかったのだから、レッスンは四苦八苦だ。小学校の音楽の授業で習ったアコーディオンと違って、本物のピアノ・アコーディオンともなると、重さも半端ではなく(10キロ強)、蛇腹も思うように開いてくれず、ふだんから怠け者で運動をしていない私の腕は、10分もしないうちに、ふるふると振るえだす。そもそもレッスンの始めに行うリズム練習が、笑ってしまうほど鈍い。先生から、「ボケ防止になりますから、がんばってください」と言われても、もうボケが始まっているのか、うまくいかない。
パリのど真ん中に住んでいるため、近所迷惑を考えて練習する時間は限られるし、犬は音に合わせて遠吼えをするし、でも、楽しいからついつい楽器に手が伸びて、仕事がはかどらない。アコーディオンのレンタル期間が終わったら、大金を払っていざ、マイ・アコーディオンを買うとことになる。あーあ、またしても大変なことを始めてしまった。でも、いつかピアフの「水に流して」や「パリの空の下で」などを弾きながら熱唱できるように (ただし、人のいないところで)、「私はなにも後悔しない」と口ずさみながら、しばらく奮闘を続けてみようと思う。
松本百合子 まつもと・ゆりこ
翻訳者。上智大学仏文科卒。エマニュエル・ラボリ『かもめの叫び』(角川文庫)、フィリップ・トルシエ『情熱』(NHK出版)、スアド『生きながら火に焼かれて』(ヴィレッジブックス)、リュック・ベッソン『アーサーとミニモイの不思議な国』(角川書店)、キャディ『切除されて』(ヴィレッジブックス)など多数。最新刊はDV問題を取り上げた『殴られる女たち』マリー=フランス・イルゴイエンヌ著(サンガ新書)
Illustrated by Mie Onodera |
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