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Media Spice!
  ■音楽の贈り物

 第35回
 歌いながら掃除をしていた母に レット・イット・ビーを

  2004年、ブエノスアイレスを訪ねた菊地成孔さんはアルゼンチン・タンゴに魅せられ、翌年、その甘美な悪夢ともいうべき印象をもとにしたソロ作『南米のエリザベス・テイラー』を発表。さらにはアルバムの世界観をステージで表現するためのバンド、菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラールを結成した。『野生の思考(la pensee sauvage)』はバンドの1stアルバムだ。
  オープニングを飾るのはミシェル・ルグランが作曲したJ.L.ゴダールの映画音楽「はなればなれに」。ストリングスやハープをバックにサックスとバンドネオンが主旋律を奏でるアンサンブルは美しさが際立つと同時に、どこか不安な気配を漂わせる。
「二面性は統一テーマというか、音楽作品よりも前の人格上のテーマといいますか(笑)。サドマゾだとか躁鬱とか、非常に野蛮な状態と非常に知的な状態があるとか、そういうのがつねに自分の中にあると思うんですよ。そのどちらも畳み込めるような場というのが僕の場合、音楽か著述しかなくて、いきおいそうなっていくんだと思います」
  組曲「キャバレー・タンガフリーク」はバンドの方法論を端的に伝える菊地さんの作品だ。バンドネオンの音色やストリングスのフレーズがタンゴをイメージさせる一方で、さまざまなパーカッションが鳴り響き、サックスやベースはジャズの感覚を取り込む。
「いまの洗練されたタンゴになる前の、源流であるアフリカ音楽とごちゃごちゃになっていたような時代の音楽をやりたいと、直感的に思ったんですよ。そうしたら音楽がエキゾチズムやポストコロニアリズム、文化支配ですよね、そういったことにコンセプチュアルにつながっていきました」
  細野晴臣作品「ファム・ファタール〜妖婦」のカヴァーは、ハワイのダイヤモンドヘッドで突然ひらめいた。
「ヨーロッパ慣れはしているんですけどハワイ慣れはしていなくて、でかい木が繁っているジャングルだなって感じにググッときました。そういうところに行くとなんにも考えない状態になるじゃないですか。白日夢みたいなのを見やすくなって、“ファム・ファタール”が聞こえてきたんです」
  贈り物にしたい1曲として選んだのはビートルズの「レット・イット・ビー」だ。
「認知症になってしまった僕の母親は歌が好きで、掃除をしながらよく歌っていたんですよ。ある日、“悪霊島”という映画のテレビスポットで流れていた主題歌のレット・イット・ビーを、彼女が“メルシー、メルシー”と歌っていまして。似た言葉に置き換えて掃除機をかけていたということに僕はものすごい衝撃を受けました。いま彼女がレット・イット・ビーを聞いたら歌いだすんじゃないかという期待があってですね、もう1回、メルシーメルシーと歌ってもらいたいという気持ちが大きいわけです」

text by Akira Asaba
photo by Atsuko Takagi


すてきな音楽は誰かに教えたくなるもの。
音楽家、著述家として八面六臂の活躍を続ける菊地成孔さんが
贈り物にしたいほど大好きな音楽を紹介してくれました。


THE BEATLES
『1967-1970』
「Let It Be」のシングル・ヴァージョンを収録した後期のベスト。

Naruyoshi Kikuchi

1963年6月14日、千葉県に生まれる。サックス奏者、作編曲家、文筆家、音楽講師。06年はUAとコラボレートした『cure jazz』、映画音楽『パビリオン山椒魚』、『野生の思考(la pensee sauvage)』を立て続けにリリース。

『野生の思考(la pensee sauvage)』

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